短編小説:悩みから抜け出す

定食屋の扉を開けるともうすでに学生達で賑わっていた。この定食屋は〇〇大学の近くにあるのでランチ時はサラリーマンと大学生でごった返すのだ。僕と伊藤は店の奥の方に空いていた2人がけのテーブルに座った。

水を一口飲み店内を見回すと、どの学生もガツガツと食っているわりに体型はスマートだった。

「やっぱ酒飲むと太りやすくなるのかな」

「ふん、大学生を見てそう思ったの?」どうやら伊藤は僕の思っていることに感づいたらしい。

「そうだよ。僕も大学生の時はスリムなお腹をしてたよ。知らないうちさ。知らないうちにポッコリお腹になっていたのさ」

「秋元でも悩むんだ」伊藤は微笑を浮かべて水を飲んだ。

「悩むってほどでもないけど・・・」

僕は人によく『悩みがなさそう』と言われる。そしてその度に思う。僕の悩んでいることはなんだろう、と。悩みがないことはない。確実にある。それだけははっきりと言い切れる。ただ、パッと頭に浮かんでこない。

みんなそうだろう。悩んでいることは分かっているが、何に対して悩んでいるかははっきりしない。みんな漠然と悩んでいるのだ。

「伊藤こそ悩みなさそうだよ」

「あるよ」伊藤は真顔で言った。僕はそれがなんだか面白く鼻で笑った。

「アジフライ定食かカキフライ定食。どっちにしようか迷う・・」伊藤はメニューを見ながら言った。

「あぁ、そんなことか。僕はアジフライにするよ」

「えー、なんで?」僕の即答に伊藤は目を丸くして驚いた。

「カキは食あたりするかもしれないだろ」

「火が入ってるから大丈夫だよ」

「いや、ゼロではない。僕はそういった細かいことには悩まないんだ」と自分で言って気付いた。僕は細かいことや目の前のことにはあまり悩まない。せっかちなのだろうか。それとも執着心のようなものが欠如しているのか。

「だから悩みがなさそうって言われるんだよ」

「ふん、僕も今気づいたよ」伊藤の目からは妬みと羨ましさが混ざったような輝きを放っていた。

「あ、そうだそうだ。2択を迫られた時はどちらも選ばない方がいいんだよ」

「なぜ?」伊藤は語気を強めた。

「理由は忘れたな・・・。メンタリストDaiGoがそう言ってたんだ。多分だけど視野が広がるんじゃないかな。創造性が開花したりとか・・」

迷っているときほど視野は狭まるものだ。袋小路に入ってしまっているというか。目の前の壁をどうやって登り切るかにしか目が行かない。

「え~、迷わさないでよ~」そう言って伊藤は頭を抱えた。

「思い切って断食してみたら」

「そんな勇気ないよ。ここは定食屋だよ?」伊藤はメニューを持ってそう言った。

「悩みを打ち砕くには勇気が必要なんだよ。きっと」

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