3分小説:キャンプならでは

僕と成美は大学最後の夏休みを有意義に使うためキャンプ場に来ていた。キャンプ場は家族連れや同世代と思われる人たちで賑わっており、子どもたちの明るい声が聞こえてくる。

2人にとってキャンプは初めてだった。テントを建てたこともないし、炊飯器以外でお米を炊いたことさえない。

しかし僕たちはさほど不安を感じていなかった。その理由はYouTubeに投稿されているキャンプ動画を1年ほど前から腐るほど観てきたからだ。なので使ったことのない知識は大量に溜め込んである。要するに頭でっかちだ。

「いつかキャンプしようね」と約束したは良いものの、僕たちはなかなか行動できずにいた。お互い就活やアルバイトで忙しかったり、キャンプ道具をいちから揃えるのが億劫だったからだ。

それでも本当に大学生活が終わってしまうということで、重い体を動かし地道にキャンプ道具を買い揃えた。

少し不安もあった。地球に隕石がぶつかるほどの確率だが、僕と成美が別れるかもしれない。その時購入したキャンプ道具はどうなるんだろう。そう思うと買い物は消極的になった。テントは簡易的なものを選んだし、調理道具は自宅にあるものを持参することにした。

僕という人間がどこか冷静で面白みのないように見えるが、成美との買い物は楽しかった。新婚夫婦がマイホームの内装を楽しそうにあれこれ話し合うように、大切な人と未来のことを計画するのはいくつになっても楽しいものだ。とにかく僕と成美は、夏休みに標準を合わせ必要なものを一通り買い揃えることに成功した。

「疲れた~、テントを立てるだけで一苦労だね」成美が寝転がって言った。「うん」と頷き成美の横に寝転がった。

僕はタオルを顔の上に乗せて目をつぶった。川の流れる音や虫の鳴き声が僕の心を癒やした。なぜ自然の音は目をつぶらないと聴こえてこないのだろう、と疑問に思った。

腕時計を見るとちょうど17時だった。僕たちはキャンプを夕方から翌朝までと予定していた。真夏の日光が弱まる時間帯を狙ったのだが、キャンプを設立しているあいだ太陽は僕たちを平然と照らしていた。

「成美~、寝るなよ~」

「う~ん、いま寝たら熱中症で死んじゃうよ」

「休憩したらカレー作る?」僕たちの晩ごはんはカレーライスとステーキだ。

「その前にお菓子食べる」

「そうだな、じゃがりこでいい?」

「うん、いいよ」

僕は起き上がり、お菓子の袋の中からじゃがりこを取り出した。サラダ味にチーズ味。ポテトチップスや柿ピーまである。夜は2人でほどほどにお酒を飲むことにしていた。

僕は成美の意見を訊かずにじゃがりこ(サラダ味)の蓋を開けた。1本手に取り口に運ぶとその程よい塩味に感動した。大量の塩分が汗となって身体から失われていたからだろう。この感動は水では味わえない。成美を見ると、無言でじゃがりこをテンポよく口に運んでいた。

栄養補給を終え僕たちはカレーを作り始めた。とはいっても具材は牛肉と玉ねぎだけだ。成美が食材を手際よくカットし、僕がその2種類を自宅から持ってきたホーロー鍋で炒めた。

このホーロー鍋は食材の水分だけでカレーが作れる優れものだ。しかし具材が玉ねぎだけなので川の水を少し入れることにした。

ホーロー鍋に水を入れて「美味しくなれよ」と言いながら蓋をした。そして問題が発生した。

「あれ、カレールーがない・・・」リュックの中を探しても見つからない。昨日準備をしている時、テーブルの上にカレールーが置いてあったのは覚えている。成美のリュックだろうか。

「カレールー忘れたかも。成美のリュックに入ってないか?」

ご飯を炊く準備をしている成美は眉間に皺を寄せた。「え~、ちょっと見てみる~」そう言ってリュックの中を漁った。

僕は成美の後ろ姿を見ながら「あってくれ」と願ったが、その雰囲気からして期待は出来なかった。その数秒後、成美は苦い顔をして首を横にふった。

「どうしよう・・・ごめん・・」僕が謝った。食材の詰め込みは僕が担当していた。

「謝らなくて大丈夫だよ」

ホーロー鍋がグツグツと音を立て始めた。動画でよく観るシーンだ。なぜかこのシーンはキャンプの楽しさがじわじわと伝わってくる。お酒を片手に持ち、食材に火が入るのをじっと待つのに憧れた。

グツグツ、グツグツ、

なんだか虚しく聞こえる。動画ではあんなに気分が高揚したシーンなのに、カレールーがないだけでこんなにも虚しく聴こえるのか。牛肉と玉ねぎの水煮が美味しいわけがない。僕と成美はホーロー鍋が必死に食材を煮ている姿を呆然と眺めていた。

「ちょっと聞こえてきたんですが、カレールー忘れたんですか?」

声のする方を見上げると背の高い男が立っていた。僕より若く見える。高校生だろうか。

僕は「はい」と答えた。

「カレールー持ってるので何かと交換しませんか?」背の高い男がそう言った。僕と成美は顔を見合わせた。

キャンプ場では物々交換が盛んに行われると聞いたことがある。僕たちはやはり頭でっかちだ。知ってはいるけど使ったことがないので解決策が浮かんでこず思考停止していた。

「なにか欲しいものはありますか?」成美が訊いた。成美の目には希望が宿っているように見えた。

「そうですね~」男は顎に手を当てて悩んだ。

「お菓子はたくさんありますよ。スナック菓子がほとんどですけど」

「親と一緒に来ているんですけど、その親がキャンプでお菓子を食べたがらないんです」

やはり高校生だろうか。顔をよく見ると肌が白く、髪がサラサラしていた。

「食材とか貰っていいですか?」

食材か。あるにはあるがステーキ用の肉が2枚だけだ。

「ステーキ用の肉が2枚なら・・・」

「その1枚と交換してください!僕たち野菜はたくさん持ってきたんですけどお肉を切らしちゃって」

ステーキ用のお肉を交換するのは気が引けた。どう見ても対等ではない。

「なんなら野菜もどうですか。野菜とカレールーだったら対等だと思います!」どうやらその男は僕たちの感情を読み取ったみたいだ。

「どうする?」僕が成美に訊いた。

「いいんじゃない。お肉も2枚あることだし」

「そうだね。じゃあカレールーと野菜を頂くことにします」僕は内心ステーキ肉を渡したくなかったが、目の前でホーロー鍋がグツグツと音を立てていたので渡すことにした。これでホーロー鍋も報われるだろう。

「本当ですか。ありがとうございます!すぐに取ってきますね」そう言ってその男は走ってどこかに行った。

5分も経たないうちにその男は帰ってきた。右手にカレールーを持ち、左手にビニール袋をぶら下げていた。

「お肉の方が価値があるので、この野菜は全て貰ってください」

「えー、こんなにですか」成美が目を見開いて言った。中を覗くと数種類の野菜がたくさん入っていた。

「ありがとうございます!」僕と成美はお礼を言ってお肉を1枚渡した。その男も「こちらこそ」と言いながら微笑みを浮かべて去っていった。

爽やかな人だな。こんな炎天下の中キャンプをしているのにも関わらず、その男の顔からは疲労というものが伝わってこなかった。親にキャンプの全てを任せて自分は日陰でswitchでもしているのだろうか。僕はその男が寝転がってゲームをしている姿を想像した。やはりやらない方が良かったか・・・。

「ねぇ、これだけ野菜があるんだからカレーにもっと野菜入れようよ!」成美は飛び跳ねながら言った。

「あぁ、そうしよう」

去っていったステーキ肉のことを数秒で忘れ、僕たちは再度カレー作りに励んだ。

その背の高い男はステーキ肉を右手に持ちながらスキップをしていた。この男はなにより野菜が嫌いだった。あんな苦い植物のなにが美味しいんだろうとずっと疑問に思っていた。

川を見ると子供たちが網で小魚を捕まえていた。うんうん、小魚は野菜より旨いよな。だけど肉には負ける。人間に生まれていたら腹いっぱい肉が食えたのに!畜生!

その男は人影のない林の中に飛び込んでいった。そして周りに誰もいないことを確かめてから姿勢を低くした。

”ドロン”

白い煙のようなものが男を包み、その中から1匹のキツネが姿を現した。そのキツネは満面の笑みを浮かべて生肉にかぶりついた。

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