短編小説:婚活

「溝口裕太です。会社員をしています」僕はあらかじめ決めておいた自己紹介をした。

「ヤマモトアスカです。アパレルで働いています」そう言って彼女は頭を少し下げた。

この日に合わせて美容院に行ったのだろう。肩辺りまである栗色の髪の毛が潤いに満ちている。それにアパレル店員ということもあり化粧やファッションを小綺麗にまとめるセンスを感じた。しかし僕の好みにはどこか一致しなかった。

僕は数ヶ月前から結婚相談所に入会して、1年に数回開かれる会員同士の面会に来ていた。1人10分の持ち時間があり最大10人まで面会することができるみたいだ。

10分という時間は短すぎず長すぎずのほどよいイメージを僕は持っていた。しかし目の前にヤマモトさんが現れると、異様にその10分という時間は長く感じられた。

「ゴルフがお好きなんですね」ヤマモトさんが僕の趣味について訊いてきた。

趣味なんてない。ただ、趣味という欄があったので上司と3回ほどプレイしたことのある見栄えの良いゴルフを選んだのだ。勘違いしないでもらいたい・・。

とは言えず。

「はい、まだまだ下手くそなんですけど・・」と、口角を上げて答えた。すると口元の筋肉が緊張しているのか、上がった口角がもとに戻らなかった。

「ゴルフ場によく行かれるんですか?」

「月に1回ほどですけど・・。楽しかったので・・」月に1回は大嘘だ。そもそもゴルフ自体が小嘘なのであまり深堀りしないでほしかった。

ヤマモトさんは頑張っているのだ。初対面の人と会話を成り立たせるためには頭を機敏に働かせないといけない。相手のデータを素早く頭に入れ、少しでもセンサーが反応すればそこに対して的確な質問を投げかける。それが初対面の人との会話のコツというか、基礎技術だ。

ヤマモトさんは口を結び集中していた。そんな彼女の姿を見ていると、ド田舎の農家で育った僕の良心が痛んだ。

その後お互いの表面を撫で合うような会話をして、ヤマモトさんはお礼を言って去っていった。

「ふぅ~」僕は息を吐き身体の緊張を解いた。しかし口角の緊張だけはうまく取れずほんの少しの痛みを感じた。

ヤマモトさんの顔は決して悪くない。10人の男性がいれば半分以上は好みと答えるだろう。女優にいても全く不思議ではない。ただ、僕には響かなかった。僕の心をぐらりと揺さぶる何かを彼女は持っていなかった。

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