2年付き合っていた彼氏と別れた私は枕に顔を埋めていた。どこか不器用なんだけど、その割にちょっとした気配りや料理ができたりで、私はそんな彼に惚れていた。
彼は想像力に長けているのか、話が面白かった。ちょっとしたどうでもいいような話題でも、すぐに話の内容をふざけた方向に持っていった。常識人間の私は毎度不意をつかれて笑った。
彼と付き合う前、大学時代仲の良かったメンバーで飲みにいったとき、誰かが「芸能人とやれるとしたら誰とやる?」と下品な話題を切り出した。すると、ためらいもなく彼が「芦田愛菜未」と答えた。その場は火山が突然噴火したかのように笑い声が上がった。彼は子役時代を知っているからこそーーーー、と熱弁して周りから共感を得ていた。
ふざけてはいるけど頭の良い人なんだろうなぁ。私はずっとそう思っていた。彼の部屋に上がると、本が山積みになっていた。小さな本棚が2つあったけど、まるで機能していなかった。
「どういう系が好きなの?」と私が訊くと、彼は顎髭を触りながら相当悩んでいた。その後、歴史系かな~と、どこかスッキリしないような顔で答えた。普段はあんなに頭のフットワークが軽いのに、この時だけは難問を解くかのように考えていた。自分の事となると深く考えたくなるのだろうと、そのとき私は思った。
それと彼はこうも言った。「嫌いな本ははっきり言えるよ」
私が訊くと彼は「知識をただ並べたような本」と答えた。
「単なる知識の詰め合わせだったらネットで事足りるからね」穏やかな顔つきから不機嫌そうな顔になっていた。
「けど、本って知識の詰め合わせのようなものじゃん」
「まぁ、そうだけど・・。著者の洞察がない本と言ったらいいかな」顎髭を触りながら言った。この時に私は、真面目に考えているときは顎髭を触る癖がある、ということを知った。それと彼は、自分の興味を持っていることに対して全くふざけないということも知った。
「なにかおすすめの本ある?」私が訊くと、また彼は顎髭を触りながら本の山を見た。「本の趣味はあんまり合わなさそうだからな~」ぐさりと来たが平気なフリをした。
私たちが付き合ったきっかけは、お互いワンオクロックが好きで会話が盛り上がったからだ。まだお互いが出会ってもないときに、同じライブ会場に同じタイミングで足を運んでおり、運命を感じるのは自然なことだった。
「男女で本の趣味が合うって珍しいだろうね」私が言った。彼も共感しているようだった。
「レビューの多い本はハズレが多いよ」と彼は言った。なぜかと訊くと、「誰からも愛されるような本は浅いというか。癖みたいなものがないんだよね。優しすぎる男はモテないってよく言うじゃん。誰からも良くは見られるんだけど、いざ選ぶとなったら誰からも選ばれないような奴。やっぱり人は癖のある人や味に引き込まれるんだろうね」
彼はブルーチーズをこよなく愛していた。そして私も癖のある彼の人柄に引き込まれていた。
「私に癖なんかある?」自分では癖のない人間だと思っていた。
「あ~、ないかも。でも、好きだよ」2年付き合って「好き」と言ってくれた回数は5回ぐらいだった。その内の1つがこの時だった。私は顔が赤くなるのが分かった。彼の方を見ると、恥ずかしさを紛らわすためにコーヒーを飲んでいたのを覚えている。
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