「次の方どうぞ~」ドクターはそう言って次の患者を呼んだ。
「こんにちは~」と言って30代後半と思われる夫婦が入ってきた。ドクターは旦那さんの体調が悪いことを瞬時に察知した。彼の顔は青白く目からは生気が抜けていたからだ。
そんな旦那さんの横に付き添っているせいか、奥さんの美しさが際立っていた。
「今日はどうされました?」
「胃がムカムカしていて・・」旦那さんが消えそうな声で答えた。
「いつから?」
「2週間ほど前です」
「食事はとれてますか?」
「いえ・・・」
それを聞いてドクターは、パソコンに『食欲なし』と打ち込んだ。
「嘔吐はありますか?」
「吐き気はありますけど、吐いたことはないです」
なるほど。よく2周間も耐えたもんだ。とりあえず胃カメラかな。
ドクターの担当は消化器内科ということもあり、まず最初に検査をするのは胃袋だった。
「谷口さん、胃カメラされたことあります?」
「あぁ、会社の健康診断で何度か・・・」
「このあと胃カメラするので1時間後にまた呼びますね」
「はい、わかりました」
「待ってもらっている間に栄養の点滴してもらいますね」点滴を入れば少しは楽になるはずだ、と、ドクターは思った。
ドクターは熟練の看護師に点滴と胃カメラの準備をするようにと指出した。その看護師は「は~い」と返事をしながらパソコンに何かを打ち込んでいた。
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「谷口さ~ん、2番の診察室にどうぞ~」
谷口さんはノックを3回して「失礼します」と言って入ってきた。青白かった顔は血色のいい顔に戻っていた。
「お待たせしてすいませんね。調子はどうですか?」
「だいぶ楽になりました」声にも覇気がもどっていた。
「それはよかった。それでは早速胃カメラをするんで寝転がってください」
「はい」そう言って谷口さんは靴を脱ぎ横向きに寝転がった。少し緊張しているようだった。
「身体の力を抜いて口を開けてくださ~い」熟練の看護師が言った。
谷口さんは「はい」と返事をして口を開けた。
「ちょっと頑張ってくださいね~」ドクターは慣れた手つきで胃カメラをスルスルと入れていった。谷口さんは眉間に皺を寄せて苦しそうだった。
胃カメラは10秒も経たないうちに谷口さんの胃袋に到着した。2周間なにも食べてないせいか消化液の分泌が少なく感じた。胃袋の表面は比較的きれいな印象だった。ドクターはカメラをさらに奥に進めた。
あぁ、これか・・。
あの人の言う通りガン腫瘍は胃袋の出口あたりにひっそりと存在していた。そのガン腫瘍はかなり進行しているように見えた。直径4センチほどだろうか。
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「ねぇ、ドクター。1つお願いがあるの」そう言って、その女性はスラリとした足をドクターの足に絡めた。
「なんだい?ブランドバックなら先週買ったと思うけど」
「うふふ、違うわ。夫のことよ」
「夫?なにかあったのかい?」ドクターの声がわずかに緊張した。
「たぶん、胃ガンなのよ」
ドクターは行為後の回らない頭でこの先の展開を考えた。谷口さんは僕になにを言おうとしているのだろう。
「それでね、夫の胃袋からガンが見つかってもほっといてほしいの」
「待って。僕の所に診察しに来るってこと?」
「そうよ。どうせ胃カメラするんでしょ。その時に胃ガンが見つかってもほっといてほしいのよ」
「そんなことさすがに出来ないよ」ドクターは言った。
「お願い、ドクターとこれから第二の人生を歩みたいのよ」谷口さんはそう言ってドクターの乳首を触った。
「僕も谷口さんと結婚したいけど・・・。というか本当に旦那さんはガンなのかい?」
「えぇ、おそらく」
「おそらくって・・・・」
「女の勘よ。説得力あるでしょ?」
「どうだろう・・・」
「ドクターはやっぱり論理的ね。それだけだと世間は渡れないわよ。よろしくね」そう言って谷口さんはドクターに軽くキスをした。
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