【短編小説】根本という男

北陸のコンビニもないど田舎に根本という男がいた。夏は海水浴客で賑わい、冬は新鮮な海産物が味わえ、北陸の観光名所ともされている。そんな一見すると都会人がうらやましがるような地域で暮らしているのにも関わらず、根本は部屋にこもっていた。

部屋から出るのは、散歩か晩飯の買い出しをする時ぐらいだった。散歩をするさい根本は、都会からの観光客がゴミをその辺に捨てていかないか、常に目を光らしていた。

その根本という男は腕っぷしが弱いにも関わらず、強気な一面を持っていた。都会人は田舎をどこか見下している。目の前でタバコを捨てるようなことをすれば、すぐさま噛み付いてやる。根本はそう思いながら散歩をしていた。

そんな強気な一面のある根本だが、散歩で部屋を出る際は必ず電気ストーブの電源を消した。

部屋に戻ってやることは、文章を書くか本を読むかのどちらかだった。体力と精神力があれば文章を書くし、どちらかがなければ本を読んだ。

本の系統に偏りはなく、推理小説にハマっていればそればかり読むし、飽きれば純文学や時代小説などを読んだ。

本棚にはぎっしりと本が詰まっているものの、根本という男はそこまで読書が好きではなかった。毎週月曜日に発売する『ジャンプ』に比べれば、天と地とほどの差があるだろう。にも関わらず、根本は本を読んだ。

なぜかは分からない。もしかしたら、自分でも気付けないほどの心の奥底に、向上心が眠っていたのかもしれない。もしかしたら、根本の生活スタイルに入り込めるものが読書しかなかったのかもしれない。真相は分からないが暇さえあれば本を読んだ。

根本の買う本は中古がほとんどだった。本は価値の割に値段が高いと思っていたし、なにより新品の本を次から次へと買う経済的な余裕がなかった。

しかし、自分が貧乏であることを過度に責めるようなことはしなかった。その証拠として、本は価値の割に値段が高いと理由をつけ古本を買う自分を正当化していた。

根本は他人からよく楽観的と言われるが決してはそうではない。ただ、ネガティブな感情をいなすのが上手いだけだった。

本といい、高級バックといい、スニーカーといい、人には物を集めたがる収集欲求があることを根本は知っていた。その収集欲求にかられて、新品の本を買い漁りお金を減らすのは愚の骨頂だと思っていた。ネガティブな感情に支配される人間はただの知識不足だろうとさえ考えた。

ここまで読んだ読者なら分かると思うが、根本は非常にひねくれ者である。

根本は新しいものや、流行のものを嫌った。新しいものが次々に生まれ、一昨日のものはもう古いとなれば、一昨日の自分になんの価値があっただろう。そんな人の人生をもて遊ぶようなものに触れるぐらいなら、100年前に発売された純文学に触れていた方がよっぽど価値があると思う。

その一方で根本は、新しいものに触れなければ感受性が失われていくのではないか、という恐怖心に怯えていた。

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