【短編小説】心のオン・オフ

「5+8は?」

「5+8は~」

まーた、頭の悪そうな俳優が私に絡んできた。嫌になる。なんて答えればいいのかな。即答したらいいのか、子役らしく悩むフリをしたらいいのか。私に与えられた解答時間をどうやって乗り越えたらいいんだろう。

とりあえず「う~ん」と言いつつ口を結び、頭を横に傾けた。俳優の顔を見ると、いかにも性格が歪んでます、といった目をしている。気持ち悪い。それ以上顔を近づけてきたら念のため母に報告しとくね。

周りの大人たちを見ると、正解を期待するかのような顔で私を見ていた。しかし、よく見ると目が笑っていなかった。怖い。その顔で私を見ないで。まだ芸能界に慣れていないのよ。

あ、いけない、いけない。指を使うのを忘れてたわ。答えが10以上になるから「指が足りないよ~」という演技もしなくちゃ。ここが今回のターニングポイントかもしれないわね。

私が全ての指を折り曲げて、とりあえず10以上だと気付くフリをする。眉間に皺を寄せて俳優の顔を見ると、先程よりも鼻の穴が膨らんでいることに気付いた。気持ち悪い。

「僕の指も使う?」俳優が言った。

わたし混乱しています!というような顔を作り、コクリと頷いた。俳優の大きな手が私の手の隣に来た。俳優は片手で事足りるのに両手を出していた。優しさだろうか。これを優しさというのだろうか。

1,2,3・・・。と、数字を数えながら指を折り曲げていく。頃合いかな。

私は「13!」と元気いっぱいの声を出すと、気持ち悪い俳優や、周りの女優、芸人が「正解~!」「すご~い!」と言いながら冷たいコンクリートのような笑顔を浮かべて拍手をした。それを見て私も、温かみのあるコンクリートのような笑顔を浮かべた。

私が笑顔を作ったのを見計らったかのように「はい、OKで~す!」とスタッフが大きな声で叫んだ。その瞬間、電源が切れたかのように俳優たちの笑顔は真顔に戻った。なんやこの茶番。

私も真顔に戻そうと思ったが、経験が浅いためか笑顔の電源を切っても顔が引きつるだけだった。まだ心と顔が連動している証拠だ。電源を切っても笑顔が消えないということは、裏を返せば、電源を入れても笑顔が作れない可能性があるということだった。子役失格ね。

さっきの気持ち悪い俳優を見ると、真顔で椅子の背もたれにもたれかかりタバコを吸っていた。口をほの字に開け、吐き出す煙で遊んでいるかのように見えた。この時初めてタバコを吸ってみたいと思った。もしかしたらオン・オフの切り替えがスムーズにいくかもしれない。

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