「なんで歴史の先生を目指したんですか」僕が先生に訊いた。
「うーん、歴史が一番得意だったからかな~」先生が言った。近くで先生の顔を見ると、口紅の色がピンクだった。そして、ほんのりとした花の香りが漂ってきた。
「はぁ、歴史が得意だなんて変わってますね」僕は期末テストの点数が悪く補修を受けていた。
「面白いからね。暗記するんじゃなくて興味を持ったら点数も上がるよ」先生は資料を整理しながら言った。
「興味か・・・」
「おすすめの本、貸してあげよっか」
「どんな本ですか?」
「海賊の歴史とかあるけど。秋元くんワンピース好きだよね?」
僕は毎週月曜日に発売するジャンプを楽しみに、毎日を生きているほどのワンピースファンだった。
「まぁ、好きですけど」
「じゃあ、帰るとき職員室よってくれる?一冊貸してあげるから」歴史本に興味はなかったが、先生の本には興味があった。僕はコクリと頷きペンを筆箱にしまった。
その日、職員室に立ち寄り先生から『海賊の世界史』という本を借りた。帰りのバスの中でパラパラめくってみると、案の定得たいの知れないカタカナ文字で溢れていた。こりゃ、読む気がしねーや。と思いながら鞄にしまってツイッターを開いた。
あれから10年の月日が流れていた。僕は28歳になり、高級ホテルで料理人として働いていた。先生とのやりとりを思い出したのは、実家で本棚を整理していると『海賊の世界史』という本が出てきたからだ。先生ごめんなさい。
今でも母校で歴史を教えているのだろうか。母校にいるのなら、実家に帰ってきている間に返しに行きたかった。
顔ははっきりと覚えているけど、名前は覚えていなかった。母校のホームページを覗くと、どこかで見たことのあるような先生が校長に昇進していた。しかしそれ以外の先生の顔写真は出てこなかった。
僕は下心とまではいかないけど、そのようなものを抱えていた。別に学生の頃好きだった訳でもないし、現在まで思い続けていた訳でもない。ただ、今ならお互いを大人の男女とみなし、あの頃とは違って、会話も弾むような気がした。
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