【短編小説】僕は正直に生きる

肌寒い風が気分を害さないほどの強さで吹いていた2月最後の日。僕は緑色のジャンバーに両手を突っ込み、バス停に向かっていた。バス停に向かうのはバスに乗るためではなく、バスから降りてくる奈々未を迎えに行くためだ。

奈々未とは高校時代に半年ほど付き合っていたのだが、何かがきっかけでフラれてしまった。原因は僕にあったと思うのだけれど、思い当たる節は全くなかった。

あれから10年たった今でも思うが、女性の感情など雪山の天候より不安定なのだから、男子高校生がどれだけ考えても分からないのは当然である。

別れた原因がはっきりしないまま時が進んだ。原因がはっきりしないことが功を奏したのか、奈々未との関係は良好だった。

高校卒業後も2人で食事にいったり、連絡を取り合ったりした。友達とまではいかないが、以前付き合っていたこともあり、気心知れた関係だった。

しかし、お互いが社会に出てからは疎遠になっていった。その原因の1つは僕がスマホを紛失し、連絡先を失ったためだろう。SNSをつたって奈々未の連絡先を知ることも出来たが、いつまでも過去ばかり見ていてはいけないという思いもあり、奈々未には連絡をしないことにした。

矛盾するようだが、好きなら素直に連絡すればいいのに、と僕は思う。しかし、必死だと思われるのが格好悪いので、連絡を取らないことにしたのだ。誰に格好悪いと思われるのだろう。本能に従って生きてないが故に、僕は随分と損をしているのではないだろうか。

奈々未と今日会うのは、実に4年ぶりだった。きっかけは友達の結婚式で再会し、そこで奈々未と連絡先を交換したからだ。よくありそうな話である。

『またご飯いこうよ』とラインを送ってきてくれた時は嬉しかった。そして今から奈々未と食事に行くため、僕はバス停に向かっているのだ。僕は正直に生きると決めていた。砕けたっていい。格好悪くたっていいんだ。自然と速足になっていた。それが寒いからなのか、緊張しているからなのか、僕には分からなかった。

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