【短編小説】仕事終わりの楽しみ

「お先に失礼しま~す」

いつもより仕事(料理人)が早く終わると、決まって行くのがパチンコだ。どこにもよらず真っ直ぐ家に帰れば、疲労した身体を銭湯で休ませることもできるし、ギャンブルでお金を溶かすこともないというのに。

多くの新入社員がそうであるように、僕たちがパチンコを打ち始めたのは先輩たちの影響だった。パチンコ好きの先輩が4,5人ほどいたのだけれど、この人たちは22時に仕事が終われば猛ダッシュで店に駆け込む程のパチンカスだった。(閉店は23時)

そんな先輩達に囲まれながら10ヶ月も過ごすと、早上がりができた日には、暗黙の了解といった感じで同期とパチンコ店に向かった。

その日は同期の井上と行った。井上という男は、脂肪や不潔感のあるものは身体から徹底的に取り除かれており、黒縁メガネと白いワイシャツが良く似合う男だった。

財布の中を覗くと1万4千円入っていた。パチンコで遊ぶには何不自由しない金額だ。軽く1時間は遊べる。

「なに打つ?」

「店に行ってから決めようかな。高本はルパンでしょ?」井上が言った。

「おー、今回のルパンは面白いぞ、ちょっと演出が派手すぎるけど」僕が答えた。

僕のように、自分の好きな台ばかり打つタイプもいれば、その日の店内の様子を敏感に察知して打つ台を決める柔軟なタイプもいる。井上はまぎれもなく柔軟なタイプだった。

そして職場から5分ほど歩き、店内に入り2時間ほど遊んだ。

こんなことは滅多にないのだが、2人とも3万円以上のプラス収支で終えることができた。換金所でお金に変え、灰皿を挟み2人で一服した。

「やっぱパチンコは勝ったら面白いな。外気が清々しく感じる」僕が言った。

「勝ち負け関係なく、パチンコした後は外気が気持ちいいよ」井上が答えた。勝利の興奮が治まらないのか膝を曲げてリズムを刻んでいる。

「びっくりドンキーでも行きますか。もう22時だし」僕が就職した職場には昼休みはなかった。しかし、何も腹に入れないという訳ではない。余ったパンや肉の端っこなどを、腹ごしらえ兼味見という理由で貪っていた。

それでも食べざかりの20歳には物足りなかった。にも関わらず、飯を食べる前にパチンコに行くのだからなんとも言いようがない。

「行こ!めっちゃお腹すいた」井上は清潔で真面目な空気を漂わせているのだが、食に対する執着心は人一倍だった。

昼休みがなく、つまみ食いで腹を満たすと言ったが、従業員食堂に行けば美味しい定食にありつける。ただ、先輩が行かないから行けないだけだった。

しかし、井上は我慢できないほど空腹のときは、従業員食堂に駆け込んでいた。先輩の目を盗んで食堂に向かい、うどんを頼み、熱々の出汁に水を入れ一気に麺を吸い込むらしい。そのことを聞いた時は腹を抱えるほど笑ったが、それと同時に尊敬の念を抱いた。

歩いて10分程でびっくりドンキーに到着し、僕はいつもお決まりのエビフライ&ハンバーグステーキご飯大盛りを注文した。

ものの数分で湯気を上げた料理が運ばれてきた。チェーン店によくあることだが、料理を注文してから出てくるまでが早い。調理済みの食材ばかり使っているのだろう。

それでも空腹状態の若者にはありがたかった。最初は必ずエビフライを控えめに一口かじる。

栄養が枯渇している身体をエビフライの油脂分が潤した。口の中からラッパやタイコの音が聴こえてきそうだ。普段上司の愚痴ばかり言っている2人も、飯を食っている時は静かになる。鳴っているのは口内の楽器と食器のぶつかり合う音だけだ。

10分もしない内に平らげてタバコに火をつけた。

「食った食った。お腹いっぱいになったことだし、風俗でも行きますか」こういうことを言い出すのはいつも僕だった。

「え~、本当に言ってる?」井上が眉間に皺をよせて言った。

「うん、パチンコも勝ったし、明日は2人とも休みだし、行かない理由がない」僕はそう言って肺に煙を入れた。

「たしかに」井上は目を見開いて言った。

どんなに好感度の高い俳優でも不倫をしてしまうように、僕と井上も風俗にハマる男のひとりだった。

幸か不幸か風俗街は歩いて5分ほどの所にあった。僕たちの職場は超高級ホテルだ。スイートルームだと1泊10万円を軽く超すだろう。そんな富豪ばかりが利用するきらびやかなホテルから数分歩いただけで、人の情緒を捻じ曲げるような街が姿を現す。

「どこ行く?」僕が井上に訊いた。

「店名は忘れたけど、3人から選べれる店行こうよ」井上が答えた。

「そんな店があんの?」

「うん、1人につき2分ほどお試し時間があって、3人が順番に回ってくるんだよ。その中から抜いて欲しい子を1人選ぶシステム」井上がよどみなく説明した。

「お試し時間って何するの?会話とかか?」

「いや、キスしたり、触ったり触られたり。服は脱いじゃダメみたい」

「ほう、そこにしょ」即決だった。誰がそんなシステムを考えたのか、風俗業界には恐ろしく創造性に長けた人物がいるのだろう。高鳴る胸を抑えるため、僕はタバコに火をつけた。

待合室に入ると、30代前半の会社員が1人ソファに座っていた。真面目に家庭を支えていそうな雰囲気を醸し出している。

硬めのソファに座り、テレビを眺めた。

風俗の待合室ではなぜか会話が少なくなる。2人とも妄想にふけっているのか、それとも少しの緊張を抑えるあまり会話の余力が残っていないのか。井上に訊いてみたいと思ったが、プレイ前に無駄なエネルギーは使いたくなかった。一流のスポーツ選手が試合前に身体を休ませるのと同じように。

「5番の方どうぞ~」店員が待合室に入ってきて言った。30代の会社員が立ち上がりカーテンの奥に消えていった。

「冷静を装ってたけど、あの瞬間が一番楽しいんだよな」僕が独り言のように言った。

井上が「ふん」と鼻で笑い姿勢を正した。

井上が公共の場で姿勢を崩しているところを見たことがない。厳しい家庭に生まれたのだろうか。それとも体幹が強いだけだろうか。

それに加えて風俗の待合室を公共の場と言うべきかも疑問に残る。たくさんの疑問が残るが今はよそう。全ては終わったあとだ。

「6番の方どうぞ~」店員が言った。井上の番号だ。

「それじゃ」と小声で言い、カーテンの奥に消えていった。

タバコに火をつけて1分もしない内に僕も呼ばれた。ふと採用面接で自分の順番が回ってきたことを思い出した。あの時と同じで、ほどよい緊張感が心臓を包んでいた。

しかし、面接と風俗は違う。僕は両者を比較することで、風俗に付加価値を与えた。

「お先に失礼しま~す」

いつもより仕事(料理人)が早く終わると、決まって行くのがパチンコだ。どこにもよらず真っ直ぐ家に帰れば、疲労した身体を銭湯で休ませることもできるし、ギャンブルでお金を溶かすこともないというのに。

多くの新入社員がそうであるように、僕たちがパチンコを打ち始めたのは先輩たちの影響だった。パチンコ好きの先輩が4,5人ほどいたのだけれど、この人たちは22時に仕事が終われば猛ダッシュで店に駆け込む程のパチンカスだった。(閉店は23時)

そんな先輩達に囲まれながら10ヶ月も過ごすと、早上がりができた日には、暗黙の了解といった感じで同期とパチンコ店に向かった。

その日は同期の井上と行った。井上という男は、脂肪や不潔感のあるものは身体から徹底的に取り除かれており、黒縁メガネと白いワイシャツが良く似合う男だった。

財布の中を覗くと1万4千円入っていた。パチンコで遊ぶには何不自由しない金額だ。軽く1時間は遊べる。

「なに打つ?」

「店に行ってから決めようかな。高本はルパンでしょ?」井上が言った。

「おー、今回のルパンは面白いぞ、ちょっと演出が派手すぎるけど」僕が答えた。

僕のように、自分の好きな台ばかり打つタイプもいれば、その日の店内の様子を敏感に察知して打つ台を決める柔軟なタイプもいる。井上はまぎれもなく柔軟なタイプだった。

そして職場から5分ほど歩き、店内に入り2時間ほど遊んだ。

こんなことは滅多にないのだが、2人とも3万円以上のプラス収支で終えることができた。換金所でお金に変え、灰皿を挟み2人で一服した。

「やっぱパチンコは勝ったら面白いな。外気が清々しく感じる」僕が言った。

「勝ち負け関係なく、パチンコした後は外気が気持ちいいよ」井上が答えた。勝利の興奮が治まらないのか膝を曲げてリズムを刻んでいる。

「びっくりドンキーでも行きますか。もう22時だし」僕が就職した職場には昼休みはなかった。しかし、何も腹に入れないという訳ではない。余ったパンや肉の端っこなどを、腹ごしらえ兼味見という理由で貪っていた。

それでも食べざかりの20歳には物足りなかった。にも関わらず、飯を食べる前にパチンコに行くのだからなんとも言いようがない。

「行こ!めっちゃお腹すいた」井上は清潔で真面目な空気を漂わせているのだが、食に対する執着心は人一倍だった。

昼休みがなく、つまみ食いで腹を満たすと言ったが、従業員食堂に行けば美味しい定食にありつける。ただ、先輩が行かないから行けないだけだった。

しかし、井上は我慢できないほど空腹のときは、従業員食堂に駆け込んでいた。先輩の目を盗んで食堂に向かい、うどんを頼み、熱々の出汁に水を入れ一気に麺を吸い込むらしい。そのことを聞いた時は腹を抱えるほど笑ったが、それと同時に尊敬の念を抱いた。

歩いて10分程でびっくりドンキーに到着し、僕はいつもお決まりのエビフライ&ハンバーグステーキご飯大盛りを注文した。

ものの数分で湯気を上げた料理が運ばれてきた。チェーン店によくあることだが、料理を注文してから出てくるまでが早い。調理済みの食材ばかり使っているのだろう。

それでも空腹状態の若者にはありがたかった。最初は必ずエビフライを控えめに一口かじる。

栄養が枯渇している身体をエビフライの油脂分が潤した。口の中からラッパやタイコの音が聴こえてきそうだ。普段上司の愚痴ばかり言っている2人も、飯を食っている時は静かになる。鳴っているのは口内の楽器と食器のぶつかり合う音だけだ。

10分もしない内に平らげてタバコに火をつけた。

「食った食った。お腹いっぱいになったことだし、風俗でも行きますか」こういうことを言い出すのはいつも僕だった。

「え~、本当に言ってる?」井上が眉間に皺をよせて言った。

「うん、パチンコも勝ったし、明日は2人とも休みだし、行かない理由がない」僕はそう言って肺に煙を入れた。

「たしかに」井上は目を見開いて言った。

どんなに好感度の高い俳優でも不倫をしてしまうように、僕と井上も風俗にハマる男のひとりだった。

幸か不幸か風俗街は歩いて5分ほどの所にあった。僕たちの職場は超高級ホテルだ。スイートルームだと1泊10万円を軽く超すだろう。そんな富豪ばかりが利用するきらびやかなホテルから数分歩いただけで、人の情緒を捻じ曲げるような街が姿を現す。

「どこ行く?」僕が井上に訊いた。

「店名は忘れたけど、3人から選べれる店行こうよ」井上が答えた。

「そんな店があんの?」

「うん、1人につき2分ほどお試し時間があって、3人が順番に回ってくるんだよ。その中から抜いて欲しい子を1人選ぶシステム」井上がよどみなく説明した。

「お試し時間って何するの?会話とかか?」

「いや、キスしたり、触ったり触られたり。服は脱いじゃダメみたい」

「ほう、そこにしょ」即決だった。誰がそんなシステムを考えたのか、風俗業界には恐ろしく創造性に長けた人物がいるのだろう。高鳴る胸を抑えるため、僕はタバコに火をつけた。

待合室に入ると、30代前半の会社員が1人ソファに座っていた。真面目に家庭を支えていそうな雰囲気を醸し出している。

硬めのソファに座り、テレビを眺めた。

風俗の待合室ではなぜか会話が少なくなる。2人とも妄想にふけっているのか、それとも少しの緊張を抑えるあまり会話の余力が残っていないのか。井上に訊いてみたいと思ったが、プレイ前に無駄なエネルギーは使いたくなかった。一流のスポーツ選手が試合前に身体を休ませるのと同じように。

「5番の方どうぞ~」店員が待合室に入ってきて言った。30代の会社員が立ち上がりカーテンの奥に消えていった。

「冷静を装ってたけど、あの瞬間が一番楽しいんだよな」僕が独り言のように言った。

井上が「ふん」と鼻で笑い姿勢を正した。

井上が公共の場で姿勢を崩しているところを見たことがない。厳しい家庭に生まれたのだろうか。それとも体幹が強いだけだろうか。

それに加えて風俗の待合室を公共の場と言うべきかも疑問に残る。たくさんの疑問が残るが今はよそう。全ては終わったあとだ。

「6番の方どうぞ~」店員が言った。井上の番号だ。

「それじゃ」と小声で言い、カーテンの奥に消えていった。

タバコに火をつけて1分もしない内に僕も呼ばれた。ふと採用面接で自分の順番が回ってきたことを思い出した。あの時と同じで、ほどよい緊張感が心臓を包んでいた。

しかし、面接と風俗は違う。僕は両者を比較することで、風俗に付加価値を与えた。

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