「ほとんどの男は自分のことを面白い人間だと思っているんだ」
「なんでなん?」広岡が目を丸くして言った。
「詳しくは分からないけど、人という生き物は客観的評価がない限り自信が増していくんだよ」
僕がそう言うと、広岡は右手に箸を持ちながら固まった。「たしかにオレ、自分のこと面白いと思ってるわ」
「そうでしょ?僕も自分のことをユーモアに溢れた男だと思ってるからね」僕はそう言ってタバコに火をつけた。火曜日の居酒屋なのだが、大勢の客で賑わっていた。ちなみに僕たち2人はホテルで働く料理人だ。
「そんなことよう知ってるな」広岡が関心した。
「おう。広岡は自分のことを勉強ができる人間だと思ってないでしょ?」
「そやな、勉強は中の下ぐらいやな」
「そう思うのは成績とかテストの点数とかで評価されてきたからだよ」
「はぁ、だから自己評価が低いのか」
「そうそう。ユーモアなんか誰にも点数つけられないじゃん。だから自己評価がみんな高いんだよ」僕は一気に言ってからタバコを吸った。
「そういうことか。客観・・・なんだけ?」
「客観的評価」
「そんな言葉よく知ってんな」
「広岡ももっと本を読んだ方がいいよ」そう言うと広岡は無言で首を振った。
客観的評価が自己評価に結びつくのは、良いことであり悪いことでもある。広岡がテストをもって自分は頭が悪いと知れたように、本来の自分の実力を知れることは大変ありがたい。
しかし自分に実力があるにも関わらず、周りからの評価が低いため、それに絶望して夢を諦めていく者が一体どれだけいるだろう。悲しいことに評価というものは中々されないものだ。そう思うと客観的評価は邪魔でしかないと僕は思う。
「客観的評価に振り回されないことが僕は大切だと思うんだ」
「はぁ・・・」
「よし、料理の話に例えよう。食べログとかミシュランってあるだろう。あれは客観的評価だ。分かるね?」
「おう」
「僕が言いたいのは、ミシュランに評価されないからって、自分には料理のセンスがないと思っちゃいけないんだ」
「ミシュランに評価されんってことはセンスがないんやろ」
「違う。評価されないことを自己評価に結びつけちゃダメなんだ。それはあくまでもミシュランの基準軸だ。広岡自身の基準軸を作り、広岡が『これがオレの中で一番上手い料理なんだ』と思う料理を出さないといけない。たとえその料理がミシュランに評価されなくても広岡の基準軸は変えてはいけない」
「なんか頑固おやじみたいやな」
「たしかにそうだな。だからこそ自身の基準軸を磨き続けないといけないんだよ。間違った基準軸を信じるくらいなら、ミシュランの評価を当てにした方がよっぽどマシだろうね」
「どうやって磨くねん」
「本はマストだろうね・・・・。あとはなんだろう・・・。とりあえずセンスを磨き続ける頑固おやじだ」
「センスを磨き続ける頑固おやじ・・・」広岡は繰り返した。
「そう、知識をそこらじゅうから集め、毎日技術を磨き、オレには料理のセンスがある、という自負を持つんだ。そこに客観的評価が遅れてついて来るのがベストな形だと僕は思う。当たり前だが、評価されたからってセンスを磨くことをやめてはいけないよ」
「ふ~ん、そんなことよりあそこにいる女の子可愛いな~」
「あ、ほんとだ・・」そうして2人の会話はいつものように下品な方向に流れていった。
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